鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

みいくさびと

・・・S兄に捧ぐ あまねくてらす つきかげに おほひてあまる くろくもを うちはらはむと みいくさに めされゆくなる ますらをの あかきこころの たふとさは なににたとへむ すべもなき そのゆかしさと きよらさを はなにもとめば さくらばな はるまださらぬ…

見渡すかぎりの人の波である この広いスティションは 出征兵士で それを送る人で 正に立錐の余地もないほど ギッシリと埋まってゐる 波 波 波である 私はその人波の中を 轟々たる 話声 雑音 騒音の中を それらの 尊い 喜ばしい お目出たい喧噪の中を もまれ …

S君に自覚をすすむる歌

朋友S君一日わがもとに歌稿を送り来るなかに 一女性に捧ぐる歌あり大凡十篇なり その女性はわれ知らざるも 同君の意中の人たり されど彼には故郷に約せし人ありて 近きにめとらんとす よってこの歌を送る 大天地 ただ一人の 妹(いも)なるに 何とて よその…

出征する同志に

川上茂市兄に いま更に 何をか言はむ み戦(いくさ)に 征くてふ 君は 君にしあれば (昭和十九年三月) 山本繁隆兄に さくら花 背に負へる君 日の本の 神の怒りを そのままに 征け (昭和十九年十二月) 斎藤良雄兄に まつろはぬ 夷(えびす) ことごと 骨…

志尚

われかつて友と住みにき その部屋狭く汚れて貧し 六畳と二畳つづきに 新聞紙 雑誌 灰皿 ペン インク 鍋 電熱器 反古 写真 屑かご 布団 いささかの米 味噌 野菜 整然と! 乱れてありぬ 乱れつつ散りたるなかに 混沌と懐疑は住めり 混沌はわが性(さが)にして…

友情について

- 神谷良平兄に 遠くへ行ってしまうという友よ かつてぼくが君であり 君がぼくであった はるかな時代・・・ それは神話だったろうか いや いや そのまま生きつづけたぼくらにとって 狂おしい一頁は過去ではない 薄倖な詩人が愛した そのやさしい 田舎町へ行…