鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

戦争の記憶

みいくさびと

・・・S兄に捧ぐ あまねくてらす つきかげに おほひてあまる くろくもを うちはらはむと みいくさに めされゆくなる ますらをの あかきこころの たふとさは なににたとへむ すべもなき そのゆかしさと きよらさを はなにもとめば さくらばな はるまださらぬ…

見渡すかぎりの人の波である この広いスティションは 出征兵士で それを送る人で 正に立錐の余地もないほど ギッシリと埋まってゐる 波 波 波である 私はその人波の中を 轟々たる 話声 雑音 騒音の中を それらの 尊い 喜ばしい お目出たい喧噪の中を もまれ …

神兵讃仰賦

アッツ島に散りゆける神の兵 二千を思ひて作れる 天地(あめつち)の 極まるところ 膚(はだ)さす 荒ふく風の いや更に 膚さすところ 凍てつきの 涯なる山の いや更に 凍てつくところ 冬籠(ごも)り 春去りくれど 吹ききたる 風なぎもせず 氷柱(つらら)…

第三次ブーゲンビル沖航空戦

十一月十四日ラヂオ報道をききつつ詠める 大勝の報道(しらせ) けふもあり 一度(ひとたび)は よろこびに満ちて 胸ふるへしが 火となりて 敵艦(あだふね)めがけ 自爆せる わが友軍機を いま眼に見たり 愕然と いま眼に見たり 轟沈(ごうちん)の しらせ…

応召

大方は うつりゆきけり 五年(いつとせ)まへの その面影の いささかもなし 軒なみに 征(ゆ)きしと 小母の語るをば 殊更に聞く ふるさとの家 万歳の声 ひびきけり この村の 最後のひとり 今 征きたるか 世のうつり早きを 思ふ そのかみの 腕白小僧が 飛行…

出征する同志に

川上茂市兄に いま更に 何をか言はむ み戦(いくさ)に 征くてふ 君は 君にしあれば (昭和十九年三月) 山本繁隆兄に さくら花 背に負へる君 日の本の 神の怒りを そのままに 征け (昭和十九年十二月) 斎藤良雄兄に まつろはぬ 夷(えびす) ことごと 骨…

出陣の賦

- この一篇を相楽(さがらか)の同志 神谷博君に献ず ー 神武創業の源にかへさんとする 帝国が悲願 漸く近きに成らんとして さんさんたる太陽昇天の朝 草莽の臣 此方に再び令状を拝す 感全身にみなぎりて 意述べんとして述ぶるに能はず 噫我二十有四歳 故あ…

春のうたげ

われや歌びと ならずとも 君い征く夜に ひらきつる 四たりの友の かのうたげ 心もしのに 偲ばれて 風こそふかぬ 膚さむき きさらぎの夜を 恋ふるかな かはるがはるに 飲め飲めと 強ひられるまま 強ひるまま さかづきかさね 五つ六つ 九つ十と およぶほど 頬…

幼子に

幼子よ! お前たちの生まれたのが 間違っていたのだろうか お前はいま お前の貧しい母親のふところで 無心にねむっているけれど お前のこれからを考えると お前の両親の心は暗い お前の父と母とが 根かぎり働いても 生活を支えることが出来ないほどの こんな…

手記「きけわだつみのこゑ」に寄せて

「わだつみのこゑ」 眠れぬ夜を 読みゆけば ごうごうとして 響きくるもの さんさんと 涙ながれて 如何ともする すべ 知らず 遺書を わが読む 学半(なか)ば 筆折り 剣(つるぎ) とりはきし ああ 学徒兵 若かりしかな 新しき世は 来りけり わだつみに ほろ…

春の回想

ととん ととん と 風が硝子を吹くのです それだのに 月は冴えかえって 生きているみたいに 光っているのでした ぶるうぅん ぶるうぅん おびえた若者の 魂をかきたてて そこらいっぱい 焼夷弾が降っています 食卓には食べのこした味噌汁が ひいやりと澄んで …