鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

盲目の思想

雲よ きれぎれの思想を発散させ 片輪のよろこびを押売りしながら どうしてそんなに気取っているのだ 蠅が玉子を生みつけるよりも もっと簡単に生まれ あぶらぎって ぎらぎらと嘲笑う太陽と結婚する 盲目のいきものよ ぼろぼろの白骨が みずみずしい血潮でぬ…

ビラを撒く

此所からは駅がよく見える 下りの電車がごうごうと走ってくる 扉が開かれ 涼しい白シャツの若者たちが ゾロゾロと降りたち 階段を昇るところまで手にとるようだ 昨夜の烈しい雨は あとかたもなく拭いさられ この澄みきった空のいろを見るがいい ほんとうに心…

まっさおな顔が講和を迎える

どろどろした腐肉かなんぞのように 重ったるい炭酸ガスがよどみ そのなかからひとつの顔が浮び・・・ 鋭い刃物を蔵いこみ べっとりした油で ぴかぴかと光っている歯車のかげから まっさおな顔が浮び・・・ もりこぼれるビールの泡をごくごくすすりあげ 南京…

朝顔の花

かすかにも 霧はながるる 柿の実の いまださ青き 破れ垣の のこりの花や 紅いろの 朝顔ふたつ きぞの夜の 雨にうたれて はたと落つ 秋のひかりよ 風なおくりそ かくは空しく 忘られて 散りにしものを (昭和二十六年九月)

彫像

あとは眼だけです あの蠱惑な碧を ちょいちょいと二点 うちつければ この彫像は完成です ごらんなさい ざらざらしたあの野蛮な皮膚を こんなすべっこい肉体に改造した わたしの手並は大したものでしょう この手はちょいと骨折りました 無理に曲げればポキリ…

祈り

ひからびた唐もろこしの葉っぱが だらだらと首をふり いちめんに黄色っぽい畠に立って まぶしい夕ぐれを眺めている人よ 忘れ去った五年の月日が ぐっと身近に迫るように 雲があなたを吸いよせるのか ものがなしい日でりの空に むらさきの雲がただよい 死んだ…

六月風

その日も亡国のうたながれ 濠の水はにぶい光をただよわせ 無心の風のおとずれを聞いた ぶきみにどんよりと重い水は沈み 沈みきったその奥のいっそう蒼白い世紀のかげを ひったりとつつみながら 風の烈しい抗議を聞いた あぶらぎった宮殿の神秘を 日とともに…

金魚のうた

このぎゃまんの獄(ひとや) とばり重く垂れ あかあかと尾ひれみじかく ひょうひょうと飛ぶは いかにもこれは汝れが夫(つま) 眼いよいよ爛として内に燃ゆるもの 全身これことごとく黒衣なるは汝れが妹(いも) われら捕はれの身にしあれば 天を仰いで嫋々…

こけしのうた

こけし わがやのこけし いま いろあせ たたずみて たんすのうへに これやこれ みやげものやの かたすみに ほほあひよせ ねむりゐたる めをとの こけし てのひらに かざしみれば ゆらゆらと うなじくゆらせ こびをふくみて ほほゑみし ふるきものよ こけし さ…

デンキとタヨウのうた

この日 父かえれば 三歳の子は まわらぬ舌にてうたうなり もしもしィ デンキで さアさやく コブタリィさん*1 この節まことに妙味あり たくまざるうま味あり 愚かなる父親は 父に似て髪うすき子の頭を撫でつ さて 達者なる二世に問いぬ 汝が歌いとも巧みなり …

友情について

- 神谷良平兄に 遠くへ行ってしまうという友よ かつてぼくが君であり 君がぼくであった はるかな時代・・・ それは神話だったろうか いや いや そのまま生きつづけたぼくらにとって 狂おしい一頁は過去ではない 薄倖な詩人が愛した そのやさしい 田舎町へ行…

牛乳のうた

むこうから一升瓶がゆれてくる まっ白い液体がゆれてくる ふた月ばかりまえに生まれた 孫の小っちゃい口のなかに ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ流し込む 新鮮な栄養を運んでくる婆さんよ 俺たちがさっき流しこんだのは どろどろした舌ざわりのよくない雑炊 ざら…

門出

これから 出発する あなたたちよ この 秋の陽ざしは 何とまあ あたたかい やわらかい なつかしいいろを しているだろう それは 澄んでいるが 冷たくはない 明るいが 派手ではない じいんと 胸にしみこんでくる この 陽ざしのなかに 若く たのもしい あなたた…

色紙

いま わたしは色紙を買いにゆく 舗道わきに 生い茂った雑草が しだいに 弱って あんなにも 勢いのよかった 濃緑が ほとんど 黄色に変わりかけている 時雨である わたしは 身をすくめる 傘の向きは わたしの意のままにならない 風が あんまり烈しいから わた…