鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

色紙

いま わたしは色紙を買いにゆく

舗道わきに 生い茂った雑草が

しだいに 弱って

あんなにも 勢いのよかった 濃緑が

ほとんど 黄色に変わりかけている

時雨である

わたしは 身をすくめる

傘の向きは わたしの意のままにならない

風が あんまり烈しいから

 

わたしが 色紙を買いにゆくのは

あるひとに贈りたいからだ

ひと月まえに結婚したひとに

祝いの言葉を つらねるためだ

ところが わたしのいまのこころは

どうも 滅入りすぎていて

とてもとても

祝いなぞ かく気になれはしない

 

それでも わたしは色紙を買いにゆく

わたしのこころを とらえているのは

煙草の味を知らなかった頃の わたしが

どこかやっぱり ほんとうのわたしで

いまのわたしは 形骸にすぎない

それは なんとふた昔だ

 

時雨はますます 烈しく降り

風はいくらか 弱まったが

それでも 低地から吹きあげるので

わたしは やっぱり 震えている

 

とうとう わたしは色紙を買う

買った色紙は わずか二枚だが

かくべき言葉は 浮かんでこない

わたしは しっかりと色紙をだき

ぼうぜんとすごした 四十五年の

この口惜しさを かみしめながら

降りくる時雨のなかを 歩く

 

 (昭和四十二年十二月)