鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

牛乳のうた

むこうから一升瓶がゆれてくる

まっ白い液体がゆれてくる

 

ふた月ばかりまえに生まれた

孫の小っちゃい口のなかに

ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ流し込む

新鮮な栄養を運んでくる婆さんよ

 

俺たちがさっき流しこんだのは

どろどろした舌ざわりのよくない雑炊

ざらざらした大根の葉っぱが

いまだに歯茎に食いこんでいるじゃないか

 

白い液体は

たたずんでいる俺たちの前を通りすぎる

そいつはまるで夢のように香ばしく

とろりとした切ないほどの郷愁を含んでいる

干からびた雑草をつめこんだ

やせた牝牛のいくつもの乳房から

こんこんと滴りおち

いつまでも滴りおちた

このむせかえる匂いよ

 

おう ゆれるゆれる

まっ白な ゆたかな 天のたまもの

この液体よ

 

だが

婆さんのもんぺは泥にまみれ

その背はひどくまがっていた

 

赤ん坊とひ弱な婆さんとで暮らしている

男手を戦争にとられた婆さんだった

 

あのとき

俺たちは黙って頭をさげたっけ

それから奴は坊主頭をごしごしこすり

顔をしかめてつぶやいたっけ

 せ ん そ う の

 ば か や ろ お

 

そのとき俺は二十二で

奴は二十だった・・・

 

(昭和三十三年四月)