鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

まっさおな顔が講和を迎える

どろどろした腐肉かなんぞのように

重ったるい炭酸ガスがよどみ

そのなかからひとつの顔が浮び・・・

鋭い刃物を蔵いこみ べっとりした油で

ぴかぴかと光っている歯車のかげから

まっさおな顔が浮び・・・

もりこぼれるビールの泡をごくごくすすりあげ

南京豆をまきちらし

口紅とダイヤと舶来のニュールックのかげから

黄色い歓声の喉の奥から

塩っからい汗で眼をつぶされた まっさおな顔が浮かび・・・

パラリ 十枚 五十枚 百枚 つみあげる札束のなかから

競輪のカードの山から

ごうごうした音響に耳をとられた

まっさおな顔が浮かび・・・

だだっぴろい木の根っこだらけの地面から

紙芝居やの怪盗ルパンから パチンコやのうち玉から

まっさおな顔が浮び・・・

またひとつの顔が浮び・・・

それらが無数につらなり打ち重なり

講和を明日に迎える・・・

 

あれは何というのですか

ははあ ロボット つまり人形ですな

 心臓には 映写機を据えつけられ

 腕と脚には モーターを取りつけられ

 背中には ギプスを そして顔だけはまっすぐに

 どこまでもまっすぐに

 東を向くのですね

 

無数のひといろのこの顔が

一九五一年という年に講和を迎える

すばらしい デスマスクですよ

 

(昭和二十六年七月)

 

[サンフランシスコ講和条約 - Wikipedia]