ビラを撒く
此所からは駅がよく見える
下りの電車がごうごうと走ってくる
扉が開かれ
涼しい白シャツの若者たちが
ゾロゾロと降りたち
階段を昇るところまで手にとるようだ
昨夜の烈しい雨は
あとかたもなく拭いさられ
この澄みきった空のいろを見るがいい
ほんとうに心ゆくまで晴れわたったこの素晴らしい朝の光はどうだ
青々とした田んぼを眺めながら
若者たちは深呼吸をする
それから改札口を出る
いそぎ足であの角を曲がってくるだろう
少女たちの素足がすッすッと踏み出され
若者たちの元気のいい笑い声が近づいてくる
跫音が迫る
わたしはいま工場の門のまえに立ち
君たちに渡すべきビラをもって待っている
君たちの深いこころを
一枚のまずしいビラに恃んで
こわばった表情で立っている
(昭和二十六年六月)