鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

春の回想

ととん ととん と 風が硝子を吹くのです

それだのに 月は冴えかえって

生きているみたいに 光っているのでした

 

ぶるうぅん ぶるうぅん

おびえた若者の 魂をかきたてて

そこらいっぱい 焼夷弾が降っています

 

食卓には食べのこした味噌汁が ひいやりと澄んで

茶碗の底に たまっているのでした

 

気の遠くなるような しじまのなかで

大粒の涙がぼろぼろと 頬を伝わり

膝のうえにも 落ちるのでした

 

外は 嵐どころではありません

大変に いい月夜です

 

ほら

あの光を 眺めていたら

こんな凄まじい殺人が 行われているなんて

てんで 信じられないではありませんか

これから死にゆく 若者がいるなんて

まるで 信じられないではありませんか

 

(昭和二十六年五月)