鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

桜を伐る音

桜を伐り倒す音がする

 

  とおあん たあん

  とおあん たあん

 

荒れ果てて だだっぴろい子供部屋だ

窓という窓には ぎっしりと板を張りつめ

扉という扉に 固く錠をおろし

夜のように静まりかえった 地主の家だ

 

  みんな 行ってしまった

  わしの ことを 忘れて いったよ・・・

 

油じみた杖で 寝台に歩みを運ぶ

このしわがれた 世紀の影は

何を 夢みようとしているのか

 

  ええ!

  おめえは 出来損ないめ!

 

うす汚れた長椅子に うずくまり

疲れた老木は しずかに眼をつむる

 

  とおあん たあん

  とおあん たああん

  とおあん たあああん

 

桜を伐り倒す音がする

 

(昭和二十六年一月)