鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

志尚

われかつて友と住みにき

その部屋狭く汚れて貧し

 

六畳と二畳つづきに

新聞紙 雑誌 灰皿

ペン インク 鍋 電熱器

反古 写真 屑かご 布団

いささかの米 味噌 野菜

整然と!

乱れてありぬ

乱れつつ散りたるなかに

混沌と懐疑は住めり

 

混沌はわが性(さが)にして

懐疑とは彼が性なり

大いなる高き望を

混沌と懐疑語りぬ

新しき二十世紀と

古めきし歴史以前と

情操と意志と叡智と

美と善と真との世界!

 

  芸術と政治と

  自由と束縛と

  夢と現実と

  喜劇と悲劇と

  知恵と運命と

  戦争と平和

  人事と天命と

  科学と宗教と

 

日をつぎて語りえざれば

夜をつぎて遂に終らず

何事も知らざる故に

何事も信ずるを得ず

これはこれ懐疑の主張!

何事も知らざる故に

何事もすべて信ぜよ

これはこれ混沌の言!

 

  論語とバイブルと

  マルキシズム万葉集

  考へる人と救世観音と

  尊徳とソクラテス

  ファウスト芭蕉

  モナ・リザ吉祥天女

  平家物語とブルターク英雄伝と

  荘子リンカーン

 

その部屋にうぶ声あげぬ

生まれ出づるその数知らず

滅びゆくその数知らず

貧しくて高きこころを

ひたぶるに慕ひ求めて

日も知らに夜をも知らに

混沌と懐疑語りぬ

その部屋狭く汚れて貧し

 

われかつて友と住みにき

 

(昭和二十四年四月)