鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

幼子に

幼子よ!

お前たちの生まれたのが

間違っていたのだろうか

お前はいま

お前の貧しい母親のふところで

無心にねむっているけれど

お前のこれからを考えると

お前の両親の心は暗い

 

お前の父と母とが

根かぎり働いても

生活を支えることが出来ないほどの

こんなにも苦しい世の中に

何故 お前は生まれたのだろう

 

お前の両親はお前が早く成長して

元気で立派な人間になることを

どんなに望んでいるだろう

だが

だが そうなるまでに

お前の両親はどんなに心と身体とを

すりへらさねばならないだろう

そればかりではない

全人類が亡びるという恐怖さえ

お前の両親は感じているのだ

 

再び

あの忌まわしい戦争が起きるという不安!

これがお前の両親の

最大の恐怖なのだ

それはお前の両親を殺すばかりではない

おそらくお前おも生かしてはおくまい

その危機は刻々と迫っている

何とおそるべきことだろう

 

幼子よ!

しかしお前は知らない

お前はお前の貧しい母親のふところで

無心に乳をしゃぶっているだけだ

そうして

お前の両親と同じような両親が

お前と同じような幼子たちを抱いて

迫りくるおそろしきものに対し

絶望に近い不安のまなざしで

おののいていることを

お前は知らない

 

幼子よ!

けれども

弱い者が強くなる時が来たのだ

強くならねばならぬ時が来たのだ

愚かしかったお前の両親だが

今度こそはだまされはしない

あの暴虐な戦争という魔物に

再びだまされはしない

 

破壊と滅亡とから

お前と自分たちを救うために

お前の両親は力のかぎりをつくして

たたかうだろう

弱い者が最後の場合に

どんなに強いものかを示すためにも

お前の両親は屈せず

平和を守る闘いをつづけるだろう

 

幼子よ!

よくねむれ

ぐっすりと無心にねむれ

それがお前の特権なのだ

 

(昭和二十四年四月)