鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

春のうたげ

われや歌びと ならずとも

君い征く夜に ひらきつる

四たりの友の かのうたげ

心もしのに 偲ばれて

風こそふかぬ 膚さむき

きさらぎの夜を 恋ふるかな

 

かはるがはるに 飲め飲めと

強ひられるまま 強ひるまま

さかづきかさね 五つ六つ

九つ十と およぶほど

頬のあかきを 撫でにつつ

もろ手をふりて 君云へり

 

ああわれいたく 酔ひにけり

さくらかぐはし 春の夜を

君らがすすむ うま酒の

その嬉しさに 酔ひにけり

このうへ更に すすむとも

のどには入らじ 乞ふゆるせ

 

さはさりながら 如何に君

明日もののふと い征くみの

かくばかりなる 酒の香に

酔ひしことこそ をかしけれ

さてもさかづき 小さくば

そこなる椀を とりつがむ

 

かく云ひはなち 君がみの

ひだりの手にも みぎ手にも

とくとくとくと 音のよき

あふるるほどの うま酒に

春のおぼろの 夕月夜

心たらひに 酔ひにけり

 

あの夜四たりの 友がらの

声たからかに 歌ひつる

人を恋ふるの 歌ゆゑに

げに人恋ひて すべもなく

君散りたまふ みんなみの

海の蒼さの 偲ばるるかな

 

  反 歌

 

飲め 歌へ このまま ここに 倒るとも

こよひ かぎりの 君が なごりに

 

酔ひて なほ 声かるるまで 高らかに

歌ひし 君を 忘れえぬかも

 

(昭和二十三年二月)