鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

神兵讃仰賦

アッツ島に散りゆける神の兵

二千を思ひて作れる

 

 天地(あめつち)の 極まるところ

 膚(はだ)さす 荒ふく風の

 いや更に 膚さすところ

 

 凍てつきの 涯なる山の

 いや更に 凍てつくところ

 冬籠(ごも)り 春去りくれど

 吹ききたる 風なぎもせず

 氷柱(つらら)なす 氷もとけず

 神護(も)らす やまと島根ゆ

 はるかなる 北の涯なる

 人も吾(あ)も いまだ見ねども

 伝へきく 氷の島に

 天皇(すめろぎ)の 勅命(みこと)かしこみ

 あしひきの 山谷こえて

 浪たてる 海原(うのはら)わたり

 この島に 着きたる日より

 日の本の わが大君の

 われらこそ 醜(しこ)のみ盾ぞ

 この護り 一日(ひとひ)たりとも

 忽(ゆるがせ)に するはならじと

 足らはざる 糧食(かて)もうれへず

 烈しかる 訓練(つとめ)いとはず

 雪にたへ また風にたへ

 鳥くれば 家のたよりと

 月みれば 国もかくやと

 わづかなる 暇(いつま)をみては

 ともどもに 心なぐさめ

 たゆむなき 護りにつけば

 おのがじし 心はげまし

 一年(ひととせ)の ながき月日を

 雄々しくも 護りにけるを

 むら雲の 涌きたつが如

 あら浪の 寄せくるが如

 さばへなし 打ち重なりて

 攻めきたる 奸(あや)しき悪しき

 まつろはぬ あだの米夷(えびす)ら

 ことごとく 迎へ護りて

 撃ち撃ちて 撃ちてしやまむ

 闘ひて つひに死すとも

 渡すべきか これの島をと

 神くにの 神の血つげる

 猛き魂(たま) いかりいかりて

 大砲(おほづつ)の うち焼けるまで

 厚衣(あつぎぬ)の うち裂けるまで

 やははだの 肉(ししむら)断(き)れて

 骨にかも 弾丸(たま)とほるまで

 胸も背も 腕(かひな)も脚(あし)も

 傷つきて 動きえずとも

 吾がいのち 息あるかぎり

 敵(あだ)らみな 死せざるかぎり

 

 闘いの 止みてならじと

 兵(つはもの)が あかねさす日も

 ぬばたまの 夜もわかたず

 つぎつぎに 敵(あだ)討ちゆきて

 敵(あだ)の屍(かばね) 山となせれど

 戦ひの 烈しきにつれ

 また時の 過ぎゆくにつれ

 憎き敵(あだ) いや増すばかり

 昨日(きぞ)三人(みたり) 今日は十人(とたり)と

 いつしかに 斃れ斃れて

 そののちに 残れる兵(もの)も

 傷つきて 動きもあへず

 心のみ 雷(いかづち)の如

 はやりたち 猛りたてれど

 動きえず せむ術(すべ)なくて

 いまはただ この身みづから

 うち棄てた ただ霊魂(たま)のみぞ

 ともどもに 闘ひきたる

 吾が友と ともにゆかむと

 みづからに 剣つきさし

 悲しくも 命死にけり

 降る雪を 紅そめて

 みづからに 命死にけり

 かくていま 涙はらひて

 残りたる 神の兵(つはもの)

 傷つける 身にしあれども

 高光る わが天皇(おほきみ)の

 み栄を ひたに祈りつ

 いやさかと みたび唱へて

 高らかに 丈夫(ますらを)の道

 ひとすぢに 馳せゆかむとす

 熱き血は 胸にたぎりつ

 大いなる 怒りに燃えて

 これぞこれ あまたの戦友(とも)を

 殺したる 憎き米夷(えびす)ら

 これぞこれ 正しき国に

 背きたる 汚き奴

 これぞこれ 吾が日の本の

 天皇(すめろぎ)に まつろはぬ敵(あだ)

 このうへは 事ならずとも

 この命 すてて撃たむと

 ことごとく 眦(まなじり)さきて

 神のみ代ゆ 伝へ伝へし

 敷島の やまとごころと

 研ぎすめる 太刀ふりかざし

 群(むらが)れる 敵(あだ)の真中に

 飛びいりつ 荒れたたたかひつ

 醜(しこ)の敵(あだ) 殺し殺して

 神の如 玉と砕けぬ

 うらうらと 桜花さく

 敷島の 日本の国に

 千万(ちよろず)の のちの世までも

 かぐはしき 匂ひのこして

 北の辺(べ)の 風あらき島

 氷なす アッツの島に

 神(かむ)去りましぬ

 

反歌

 

病みたるは みづから死なむ 残れるは 撃ちて砕けむ 今ぞこの秋(とき)

 

ひととせを 雪風たへて 護りたる その凍島(いてじま)に 散りし兵はも

 

(昭和十八年三月)