鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

坊っちゃんに寄す

先頃テレビ文学館なる連続放送あり

夏目漱石坊っちゃんなり

原文通りの朗読なりしが

少しの無理もなく現代に通用するを知り改めて感嘆せり

また風間完坊っちゃん像も極めて秀逸なり

 

眉あげて 昂然と立つ 然れども 幼さ残る 坊っちゃんの顔

 

坊っちゃんは だから 正直なのですよ よいごの気性と 嬉しげに言ふ

 

四国辺を 箱根のさきか 手前かと 問ひにけるかな 清の淋しさ

 

停車場に 送れてくれし 清の眼は 涙たたへて 離(さか)りゆくかも

 

こんこんと 溢るる道後温泉の いで湯のなかを 泳ぎまはりぬ

 

寄宿生一同を 厳罰に処すべしと 弁じ立てたる 山嵐よし

 

待ちわびし 清の便りを 秋風に さらりさらりと なびかせて読む

 

猿が住む 山の中なる 延岡へ 赴任となりし うらなり哀れ

 

赤シャツと 野だとが 遂に現れて 天誅の時 漸く至る

 

杉の樹に うづくまりたる 野だの面に ぐちゃりと 玉子叩きつけたり

 

(昭和六十二年八月)