鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

病みしとき

紅く大きく ダリヤ花咲く 家の土 ひさびさに踏む 幼な子抱きて 子どもらは 看護婦などにせぬといふ声 ものあらふ音に まじりて聞ゆ ブルドーザの ひびき止みゆきし 安静時 ほそく澄みつつ 風鈴鳴るも 退院を 許されざりし 少年の 声泣きやまず 暑き病舎に 平…

デンキとタヨウのうた

この日 父かえれば 三歳の子は まわらぬ舌にてうたうなり もしもしィ デンキで さアさやく コブタリィさん*1 この節まことに妙味あり たくまざるうま味あり 愚かなる父親は 父に似て髪うすき子の頭を撫でつ さて 達者なる二世に問いぬ 汝が歌いとも巧みなり …

友情について

- 神谷良平兄に 遠くへ行ってしまうという友よ かつてぼくが君であり 君がぼくであった はるかな時代・・・ それは神話だったろうか いや いや そのまま生きつづけたぼくらにとって 狂おしい一頁は過去ではない 薄倖な詩人が愛した そのやさしい 田舎町へ行…

牛乳のうた

むこうから一升瓶がゆれてくる まっ白い液体がゆれてくる ふた月ばかりまえに生まれた 孫の小っちゃい口のなかに ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ流し込む 新鮮な栄養を運んでくる婆さんよ 俺たちがさっき流しこんだのは どろどろした舌ざわりのよくない雑炊 ざら…

門出

これから 出発する あなたたちよ この 秋の陽ざしは 何とまあ あたたかい やわらかい なつかしいいろを しているだろう それは 澄んでいるが 冷たくはない 明るいが 派手ではない じいんと 胸にしみこんでくる この 陽ざしのなかに 若く たのもしい あなたた…

色紙

いま わたしは色紙を買いにゆく 舗道わきに 生い茂った雑草が しだいに 弱って あんなにも 勢いのよかった 濃緑が ほとんど 黄色に変わりかけている 時雨である わたしは 身をすくめる 傘の向きは わたしの意のままにならない 風が あんまり烈しいから わた…

坊っちゃんに寄す

先頃テレビ文学館なる連続放送あり 夏目漱石作坊っちゃんなり 原文通りの朗読なりしが 少しの無理もなく現代に通用するを知り改めて感嘆せり また風間完画坊っちゃん像も極めて秀逸なり 眉あげて 昂然と立つ 然れども 幼さ残る 坊っちゃんの顔 坊っちゃんは …

蜘蛛

縁に机を出し平家を朗読していると、何か微かな音が耳に触れた。ブブ、ブ、ブンブン、音は慥かに私の胡座をかいた左膝のあたりでしている。私は読みかけの本から、そこへ眼を写した。硝子戸の敷居に二本の線がある。その真ん中に小さな蟲が動いている。蚊で…