鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

手記「きけわだつみのこゑ」に寄せて

「わだつみのこゑ」 眠れぬ夜を 読みゆけば ごうごうとして 響きくるもの さんさんと 涙ながれて 如何ともする すべ 知らず 遺書を わが読む 学半(なか)ば 筆折り 剣(つるぎ) とりはきし ああ 学徒兵 若かりしかな 新しき世は 来りけり わだつみに ほろ…

桜を伐る音

桜を伐り倒す音がする とおあん たあん とおあん たあん 荒れ果てて だだっぴろい子供部屋だ 窓という窓には ぎっしりと板を張りつめ 扉という扉に 固く錠をおろし 夜のように静まりかえった 地主の家だ みんな 行ってしまった わしの ことを 忘れて いった…

奔馬を思う

あのごうごうたる音は何だ あの凄まじい怒号は何だ まるで太陽そのもののように ぎらぎらした両眼に血をふかせ 泡をふき 渦をまき 砂塵をあげ 前進を汗みどろにして奔る 素晴らしく巨大で闇黒な生きもの 怒りと 血と 太陽と 砂塵と 盲目の意志と それらをひ…

橋ながし

俳句はこの三句よりほかにつくりたることなし 秋桜子に多く興味ありし頃 いまは亡き伊藤文章に誘はれ千葉多佳士とともに 浦和さくら草田島原に遊びしとき 橋ながし バスのほこりの ゆく彼方 今朝も微熱あるごとし 希むこと 遠からねども 春を病む 句に倦いて…

雑草

コンクリート塀のうす暗い影の中から やせた雑草がヒョイと眼をさまし 春にむかって大きなあくびをする ふうわりとした光線のなみに ひょろひょろの地肌をのぞかせ ごつごつした小石や瓦のうえに のびきれないしなびた影をつくり 雨にうたれ雪にたたかれ 死…