鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

2017-01-01から1年間の記事一覧

出征する同志に

川上茂市兄に いま更に 何をか言はむ み戦(いくさ)に 征くてふ 君は 君にしあれば (昭和十九年三月) 山本繁隆兄に さくら花 背に負へる君 日の本の 神の怒りを そのままに 征け (昭和十九年十二月) 斎藤良雄兄に まつろはぬ 夷(えびす) ことごと 骨…

出陣の賦

- この一篇を相楽(さがらか)の同志 神谷博君に献ず ー 神武創業の源にかへさんとする 帝国が悲願 漸く近きに成らんとして さんさんたる太陽昇天の朝 草莽の臣 此方に再び令状を拝す 感全身にみなぎりて 意述べんとして述ぶるに能はず 噫我二十有四歳 故あ…

むかしがたり

むかしむかしと ゐろりべに むかしがたりを するおきな いとどかみさび みづからの かたるおきなに にたるかな かのそふかたる くちもとの しらひげひそと みつめいる をさなわらべの まろきめも むかしがたりに にたるかな ぱちぱちぱちと おとたてて もゆ…

安岡正篤先生

一冊の 本を求めて ひもすがら 神田の街を さまよひにけり ほとほとに 疲れて いそぐ わが腰の 雑嚢にあり 漢詩読本 世をおさめ 民を救はむ はげしくも 燃え立つ命 経世嗩言 わが膝と 膝をまじへて ひたぶるに 教乞ひたし 安岡の大人(うし) 今の世の 哲人…

春日遅々

菅の根の ながき春日を ひたごころ ひとりしあれば 欲しきもの 更にいまなし うらうらと 照る日の部屋は 風のねの こそりともせず はるかなる 人ぞ偲ばる うとうとと 春日をねむる うらさぶる こころもなくて 白ひかる 子猫のごとく しんかんと ま昼のなかに…

失意

言ひ難きを つひに 言ひはつ ひょうひょうと 風ふきすさぶ 夜の銀座に そののちに 来るべきもの われ知らず いまはただ言へ 胸の思ひを あかあかと 街につらなる電灯の 光はげしも 眼にしみるまで 大きなる しくじりをせし 思ひあり 俄に ほほに血ののぼり来…

春のうたげ

われや歌びと ならずとも 君い征く夜に ひらきつる 四たりの友の かのうたげ 心もしのに 偲ばれて 風こそふかぬ 膚さむき きさらぎの夜を 恋ふるかな かはるがはるに 飲め飲めと 強ひられるまま 強ひるまま さかづきかさね 五つ六つ 九つ十と およぶほど 頬…

保元平治物語詠

寵愛の ふかかりければ 幼帝を立てし それより 起りたる乱 ( 保元 ) へろへろ矢 清盛ごときが 何せむと 肩ゆさぶりて 笑ひけむかも ( 為朝 ) はるばると 敵となる子に 重宝の鎧 おくりしか 武将為義 炎々と 御所は燃え立つ 烈風に 源為朝 歯がみして 立…

金堂炎上

法隆寺金堂失火により壁絵もともに炎上す こんだうの かべゑのほとけ おとろへしよを いたみつつ もえゆきにけむ (昭和二十四年一月) [法隆寺金堂壁画 - Wikipedia]

幼子に

幼子よ! お前たちの生まれたのが 間違っていたのだろうか お前はいま お前の貧しい母親のふところで 無心にねむっているけれど お前のこれからを考えると お前の両親の心は暗い お前の父と母とが 根かぎり働いても 生活を支えることが出来ないほどの こんな…

志尚

われかつて友と住みにき その部屋狭く汚れて貧し 六畳と二畳つづきに 新聞紙 雑誌 灰皿 ペン インク 鍋 電熱器 反古 写真 屑かご 布団 いささかの米 味噌 野菜 整然と! 乱れてありぬ 乱れつつ散りたるなかに 混沌と懐疑は住めり 混沌はわが性(さが)にして…

日本選手 ロサンゼルスに大いに奮ふ

全米水上選手権大会 千五百予選 日本選手 全員一着 ロサンゼルス 日本選手大勝の 快報とびぬ 昨日も今日も 太陽が 輝きゐたり 水の上(へ)に 死力かたむけ 英雄二人 全世界に ただ一人(いちにん)の英雄の 君や 日本男児なるかも ロサンゼルス 昨日(きぞ…

松籟

この山の ひょろりと高き いっぽんの 松のしたねに いこひてゆかな ちち ち ち と鳴くに 仰げば ゆららゆらゆららと 松のゆれわたりつつ 山にして まなこつむれば 山なりの ひょうひょうとして 烈しきものを 持ちてこし 書(ふみ) かたはらに おきすてて 松…

手記「きけわだつみのこゑ」に寄せて

「わだつみのこゑ」 眠れぬ夜を 読みゆけば ごうごうとして 響きくるもの さんさんと 涙ながれて 如何ともする すべ 知らず 遺書を わが読む 学半(なか)ば 筆折り 剣(つるぎ) とりはきし ああ 学徒兵 若かりしかな 新しき世は 来りけり わだつみに ほろ…

桜を伐る音

桜を伐り倒す音がする とおあん たあん とおあん たあん 荒れ果てて だだっぴろい子供部屋だ 窓という窓には ぎっしりと板を張りつめ 扉という扉に 固く錠をおろし 夜のように静まりかえった 地主の家だ みんな 行ってしまった わしの ことを 忘れて いった…

奔馬を思う

あのごうごうたる音は何だ あの凄まじい怒号は何だ まるで太陽そのもののように ぎらぎらした両眼に血をふかせ 泡をふき 渦をまき 砂塵をあげ 前進を汗みどろにして奔る 素晴らしく巨大で闇黒な生きもの 怒りと 血と 太陽と 砂塵と 盲目の意志と それらをひ…

橋ながし

俳句はこの三句よりほかにつくりたることなし 秋桜子に多く興味ありし頃 いまは亡き伊藤文章に誘はれ千葉多佳士とともに 浦和さくら草田島原に遊びしとき 橋ながし バスのほこりの ゆく彼方 今朝も微熱あるごとし 希むこと 遠からねども 春を病む 句に倦いて…

雑草

コンクリート塀のうす暗い影の中から やせた雑草がヒョイと眼をさまし 春にむかって大きなあくびをする ふうわりとした光線のなみに ひょろひょろの地肌をのぞかせ ごつごつした小石や瓦のうえに のびきれないしなびた影をつくり 雨にうたれ雪にたたかれ 死…

春の回想

ととん ととん と 風が硝子を吹くのです それだのに 月は冴えかえって 生きているみたいに 光っているのでした ぶるうぅん ぶるうぅん おびえた若者の 魂をかきたてて そこらいっぱい 焼夷弾が降っています 食卓には食べのこした味噌汁が ひいやりと澄んで …

盲目の思想

雲よ きれぎれの思想を発散させ 片輪のよろこびを押売りしながら どうしてそんなに気取っているのだ 蠅が玉子を生みつけるよりも もっと簡単に生まれ あぶらぎって ぎらぎらと嘲笑う太陽と結婚する 盲目のいきものよ ぼろぼろの白骨が みずみずしい血潮でぬ…

ビラを撒く

此所からは駅がよく見える 下りの電車がごうごうと走ってくる 扉が開かれ 涼しい白シャツの若者たちが ゾロゾロと降りたち 階段を昇るところまで手にとるようだ 昨夜の烈しい雨は あとかたもなく拭いさられ この澄みきった空のいろを見るがいい ほんとうに心…

まっさおな顔が講和を迎える

どろどろした腐肉かなんぞのように 重ったるい炭酸ガスがよどみ そのなかからひとつの顔が浮び・・・ 鋭い刃物を蔵いこみ べっとりした油で ぴかぴかと光っている歯車のかげから まっさおな顔が浮び・・・ もりこぼれるビールの泡をごくごくすすりあげ 南京…

朝顔の花

かすかにも 霧はながるる 柿の実の いまださ青き 破れ垣の のこりの花や 紅いろの 朝顔ふたつ きぞの夜の 雨にうたれて はたと落つ 秋のひかりよ 風なおくりそ かくは空しく 忘られて 散りにしものを (昭和二十六年九月)

彫像

あとは眼だけです あの蠱惑な碧を ちょいちょいと二点 うちつければ この彫像は完成です ごらんなさい ざらざらしたあの野蛮な皮膚を こんなすべっこい肉体に改造した わたしの手並は大したものでしょう この手はちょいと骨折りました 無理に曲げればポキリ…

祈り

ひからびた唐もろこしの葉っぱが だらだらと首をふり いちめんに黄色っぽい畠に立って まぶしい夕ぐれを眺めている人よ 忘れ去った五年の月日が ぐっと身近に迫るように 雲があなたを吸いよせるのか ものがなしい日でりの空に むらさきの雲がただよい 死んだ…

六月風

その日も亡国のうたながれ 濠の水はにぶい光をただよわせ 無心の風のおとずれを聞いた ぶきみにどんよりと重い水は沈み 沈みきったその奥のいっそう蒼白い世紀のかげを ひったりとつつみながら 風の烈しい抗議を聞いた あぶらぎった宮殿の神秘を 日とともに…

秋山賦

おもおもと 霧煙る朝の のぼり路を 汽笛するどく 鳴りわたりゆく ゆたゆたと 日の輝きに 紅葉せる 石ころ路を 登りゆくかも 赤き山が 聳えたつ見ゆ この山の 中腹にして 雲はおこらむ みづうみは 眼のしたにして開けたり このすすき野の 穂のひかりかも さん…

金魚のうた

このぎゃまんの獄(ひとや) とばり重く垂れ あかあかと尾ひれみじかく ひょうひょうと飛ぶは いかにもこれは汝れが夫(つま) 眼いよいよ爛として内に燃ゆるもの 全身これことごとく黒衣なるは汝れが妹(いも) われら捕はれの身にしあれば 天を仰いで嫋々…

こけしのうた

こけし わがやのこけし いま いろあせ たたずみて たんすのうへに これやこれ みやげものやの かたすみに ほほあひよせ ねむりゐたる めをとの こけし てのひらに かざしみれば ゆらゆらと うなじくゆらせ こびをふくみて ほほゑみし ふるきものよ こけし さ…

病みしとき

紅く大きく ダリヤ花咲く 家の土 ひさびさに踏む 幼な子抱きて 子どもらは 看護婦などにせぬといふ声 ものあらふ音に まじりて聞ゆ ブルドーザの ひびき止みゆきし 安静時 ほそく澄みつつ 風鈴鳴るも 退院を 許されざりし 少年の 声泣きやまず 暑き病舎に 平…