鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

六月風

その日も亡国のうたながれ 濠の水はにぶい光をただよわせ 無心の風のおとずれを聞いた

ぶきみにどんよりと重い水は沈み 沈みきったその奥のいっそう蒼白い世紀のかげを ひったりとつつみながら 風の烈しい抗議を聞いた

あぶらぎった宮殿の神秘を 日とともに加えながら 血と肉との荘厳のひとつ 濠はねむるように静まりかえっていた

ぎらつく五月の真昼である

静まりかえった水の面を ふうわりと風はおとずれ

ああ そのとき すさまじい叛逆は襲いかかり どんらんの眼びょうびょうとふき 真紅の舌どろどろと燃え もうもうたる砂塵の中に けずりとられた肉片は飛び おびただしい血潮の饗宴に 五月の太陽がさんらんとはねかえった・・・

そよそよとただ無心におとずれるばかりなのに 風は痛ましいその日を知り 水はその姿を映した・・・

 

風よ 六月の風よ

 

きょうも亡国のうたながれ ああ また頬をなでる六月の風である

 

(昭和二十七年六月)