鏡真人作品集

大正11年生まれの鏡 真人(きょう まさと)の作品集です。戦中戦後の激動の時代の思いを、詩や短歌で綴っています。

短歌

鎌倉史跡詠

鎌倉宮にて 悲しきや 八畳あまりあるといふ み洞をぐらく 見きはめられず 思ふだに いたはしきかも 天つ神日つぎの皇子の たほれ給ひぬ 時ならば 大八州国しろしめす 日の皇子なるを ああ 時ならば いきどほり極まりて いま ひれ伏せば 吉野の皇子の み声き…

応召

大方は うつりゆきけり 五年(いつとせ)まへの その面影の いささかもなし 軒なみに 征(ゆ)きしと 小母の語るをば 殊更に聞く ふるさとの家 万歳の声 ひびきけり この村の 最後のひとり 今 征きたるか 世のうつり早きを 思ふ そのかみの 腕白小僧が 飛行…

S君に自覚をすすむる歌

朋友S君一日わがもとに歌稿を送り来るなかに 一女性に捧ぐる歌あり大凡十篇なり その女性はわれ知らざるも 同君の意中の人たり されど彼には故郷に約せし人ありて 近きにめとらんとす よってこの歌を送る 大天地 ただ一人の 妹(いも)なるに 何とて よその…

出征する同志に

川上茂市兄に いま更に 何をか言はむ み戦(いくさ)に 征くてふ 君は 君にしあれば (昭和十九年三月) 山本繁隆兄に さくら花 背に負へる君 日の本の 神の怒りを そのままに 征け (昭和十九年十二月) 斎藤良雄兄に まつろはぬ 夷(えびす) ことごと 骨…

安岡正篤先生

一冊の 本を求めて ひもすがら 神田の街を さまよひにけり ほとほとに 疲れて いそぐ わが腰の 雑嚢にあり 漢詩読本 世をおさめ 民を救はむ はげしくも 燃え立つ命 経世嗩言 わが膝と 膝をまじへて ひたぶるに 教乞ひたし 安岡の大人(うし) 今の世の 哲人…

失意

言ひ難きを つひに 言ひはつ ひょうひょうと 風ふきすさぶ 夜の銀座に そののちに 来るべきもの われ知らず いまはただ言へ 胸の思ひを あかあかと 街につらなる電灯の 光はげしも 眼にしみるまで 大きなる しくじりをせし 思ひあり 俄に ほほに血ののぼり来…

保元平治物語詠

寵愛の ふかかりければ 幼帝を立てし それより 起りたる乱 ( 保元 ) へろへろ矢 清盛ごときが 何せむと 肩ゆさぶりて 笑ひけむかも ( 為朝 ) はるばると 敵となる子に 重宝の鎧 おくりしか 武将為義 炎々と 御所は燃え立つ 烈風に 源為朝 歯がみして 立…

金堂炎上

法隆寺金堂失火により壁絵もともに炎上す こんだうの かべゑのほとけ おとろへしよを いたみつつ もえゆきにけむ (昭和二十四年一月) [法隆寺金堂壁画 - Wikipedia]

日本選手 ロサンゼルスに大いに奮ふ

全米水上選手権大会 千五百予選 日本選手 全員一着 ロサンゼルス 日本選手大勝の 快報とびぬ 昨日も今日も 太陽が 輝きゐたり 水の上(へ)に 死力かたむけ 英雄二人 全世界に ただ一人(いちにん)の英雄の 君や 日本男児なるかも ロサンゼルス 昨日(きぞ…

松籟

この山の ひょろりと高き いっぽんの 松のしたねに いこひてゆかな ちち ち ち と鳴くに 仰げば ゆららゆらゆららと 松のゆれわたりつつ 山にして まなこつむれば 山なりの ひょうひょうとして 烈しきものを 持ちてこし 書(ふみ) かたはらに おきすてて 松…

手記「きけわだつみのこゑ」に寄せて

「わだつみのこゑ」 眠れぬ夜を 読みゆけば ごうごうとして 響きくるもの さんさんと 涙ながれて 如何ともする すべ 知らず 遺書を わが読む 学半(なか)ば 筆折り 剣(つるぎ) とりはきし ああ 学徒兵 若かりしかな 新しき世は 来りけり わだつみに ほろ…

秋山賦

おもおもと 霧煙る朝の のぼり路を 汽笛するどく 鳴りわたりゆく ゆたゆたと 日の輝きに 紅葉せる 石ころ路を 登りゆくかも 赤き山が 聳えたつ見ゆ この山の 中腹にして 雲はおこらむ みづうみは 眼のしたにして開けたり このすすき野の 穂のひかりかも さん…

病みしとき

紅く大きく ダリヤ花咲く 家の土 ひさびさに踏む 幼な子抱きて 子どもらは 看護婦などにせぬといふ声 ものあらふ音に まじりて聞ゆ ブルドーザの ひびき止みゆきし 安静時 ほそく澄みつつ 風鈴鳴るも 退院を 許されざりし 少年の 声泣きやまず 暑き病舎に 平…

坊っちゃんに寄す

先頃テレビ文学館なる連続放送あり 夏目漱石作坊っちゃんなり 原文通りの朗読なりしが 少しの無理もなく現代に通用するを知り改めて感嘆せり また風間完画坊っちゃん像も極めて秀逸なり 眉あげて 昂然と立つ 然れども 幼さ残る 坊っちゃんの顔 坊っちゃんは …